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「POSTERS × FURNITURES」Designers Interview① with葛西 薫(全4回)

「POSTERS × FURNITURES」Designers Interview① with葛西 薫(全4回)

東京建物が主催するアートギャラリー BAG-Brillia Art Gallery-において、ポスターと家具の共演「POSTERS × FURNITURES」の企画展を2024年2月-3月に開催しました。bloomoi(ブルーモワ)の共創パートナーであるKIGI(キギ)をディレクターに迎えた本企画展は、18名のデザイナーが手掛けたポスターにそれぞれ家具を組み合わせた展示です。家に飾れるポスターは額装やサイズを選んで購入することが可能で、訪れる人に自分らしい暮らしを考えるきっかけを作っています。企画展のBehind storyとして5名のデザイナーにポスターの制作背景や暮らしに対するお話を伺いました。今回は、アートディレクター葛西薫さんのインタビューをお届けします。

Arts & Scienceのためのポスターは、記憶に残るものにしたかった

−ポスターを制作した背景について教えてください。

葛西さん:

ショップArts & Scienceのために制作したポスターです。オーナーであるソニアさんは、スタイリストとして、サントリーウーロン茶などで長年一緒に広告の仕事してきた仲で、2019年に青山店をリニューアルオープンする時に声をかけていただきました。ソニアさんは、ものすごくセンスの良い方なので、僕がどのようにできるのか緊張しました。オープンにあたってショップのアイコンのような、何か記憶に残るものを作りたいと考えました。ショップの名前である「Arts & Science=芸術と科学」の語感から発想し、Aは三角に近いものを発想して、次に円錐の形が浮かんできました。真ん中に切れ目を入れてスッと右へずらすと、Aという文字に見えます。そして、球体を中央で切って右へスッとずらすと、Sという文字に見えます。ショップのインテリアデザインは田根剛さんにお願いするということだったので、「どんな建築物になるのかな」とあれこれ想像しました。そんなことも作用してアイコンを立体物にしたいという気持ちがありました。

せっかくなら楽しくしたいと思って、3色のカラーを決めてAとSの図形を煉瓦色・灰色、白色・灰色、紫帯びた青色・灰色という3種類の組み合わせでポスターを作りました。この3種類をダイレクトメールとして印刷するにあたっては、手触りのあるものを考えました。

まず用紙は、紙の原料であるパルプを選びました。以前、製紙工場で見たことがあったもので、水に入れたら溶けるようなものです。そのパルプには活版印刷で希少感を出したかったので、Allright Graphics髙田唯さんにお願いをしたら喜んで引き受けてくれました。厚紙だけど、弱々しいパルプに活版印刷で圧力を強めると、風合いが強調されます。またベタ面は活版だと一枚一枚に違いが出て、安定しません。つまり、安定しないということは200枚を刷ったら、それぞれが貴重な200分の1になります。そのダイレクトメールを受け取った人は、唯一のものを手にすることになるという考え方でした。すごく自由に楽しんでやらせてもらいましたね。そのうちの僕が好きな一枚を伸ばしてポスターにしました。ポスター内にNOSTALGIAというタイトルが入っているのは、僕自身の展覧会の名称です。

子ども時代からの立体への憧れ、原点は手仕事

―葛西さんご自身の作品展覧会はどのような内容でしたか。

葛西さん:

2021年にギンザグラフィックギャラリーでNOSTALGIAというタイトルの展覧会を開催しました。実は10年ぐらい前からお声をかけていただきまして、先伸ばしにしていました。仕事が忙しいこともあったのと、展覧会に展示するようなオリジナルが自分にはないと思っていましたから。広告などの依頼された仕事は必ず条件があり、その条件にどう答えるか?とクイズを解くようなもので、大変だけど楽しくて。条件に対して最適の形を出すのが自分の仕事です。むしろ、まっさらな白い器が用意されていて、そこに「なんでもいいですよ」と言われると苦しい。そんなこともあり展覧会をするにも数ヶ月間考えていました。良いアイデアがないかなと思って、藁をも掴む気持ちで今まで書き溜めていたノートをめくって見てみたら面白いものが出てきました。そのノートは雑多なアイデアや仕事の内容が全部書いてあり、改めて見ると新鮮なものもありました。そんなふうにあれこれ迷っていたのですが、「そうだ、まずは展覧会のタイトルを考えてみよう」と思って、最初に出てきた言葉がNOSTALGIAでした。その他にも色々考えましたが、どう考えてもNOSTALGIAという言葉がその時点の自分にはしっくりきました。

NOSTALGIAは、郷愁や思い出みたいなものだから、もう恥ずかしがらずに、新しいことをやる感覚ではなく、自分にとって忘れられないもの、あるいは自分の中に溜まっていたもの、沈んでいたものを浮かび上がらせれば良いのではないか。そう思ってからすごく気が楽になりました。NOSTALGIAという言葉をきっかけに出てくるものを、いくつかの作品にしていきました。

元々、僕は立体に対する憧れがすごくあって。その憧れが時折グラフィックデザインの中に現れてきます。父は大工職人でもあったので、家に道具が全て揃っていました。子どもの頃は模型ばかり作っていて、切る、貼る、削る、磨くという手作業が大好きでした。機械部品も好きなので、将来はモノを扱う技術者やエンジニアが向いていると思っていました。何を見ても、裏から見たらどうなるかな、下から見るとこうなるかな、この形を展開すると展開図はこうだろうな、と自然に思ってしまう。考えるのではなくて、ついつい見てしまいますね。そういったノコギリでギコギコやったり、糊付けしたり、組み立てること自体が僕にとってのNOSTALGIAです。ですから、扱いにくいふわふわしたパルプにガチャンガチャンと活版印刷したArts & Scienceのポスターは、まさに手作業の産物です。

何もしない時間、カセットテープの音楽が流れる贅沢

―暮らしで大切にしていることはありますか。

葛西さん:

一刻一刻をものすごく大切に思います。ありがたいことに仕事は忙しいのですが、どんな仕事であろうが生活であろうが一つの時間の中にあるから、その時間を大切にしています。苦しいことや思わぬことも起こるのだけど、とにかく何とか乗り越えて、心穏やかな時間でありたいので、それぞれの一刻一刻を大事にしたいですね。

僕は、何十年も毎日家族の朝食を作っていまして。サラダを作っているだけですが、それも一つの充実した数分間で、作っている時間で目が覚めてくる。そんな一つ一つの行動を喜びと感じるようでありたい。そしてやりたいことがたくさんあって、寝るのがもったないと感じることもあります。眠っている時間は生きている時間だけど記憶には残らない時間なので、起きている時間を有効に使いたいという気持ちはあるかもしれない。今一番欲しいのは退屈な時間ですね。いつも目の前にするべきことが控えていて……時間を持て余すことは贅沢でしょうね。

その退屈な時間があったら、好きな音楽を聞いて、本を読むのもいいですね。読書は嫌いじゃないけれど、夜寝る前に読むとあっという間に眠たくなるから、眠たくない状態でゆっくりと1冊の本を読むことは、何年もできてないかもしれない。飛行機や長距離列車に乗っている時間が一番好きです。何をしても自由。どこにも所属してない時間というか、ただ流れている時間であり、空中にあるわけだから。

今の住まいは実用的だと思います。最近嬉しかったことは、長年愛用してきたカセットデッキの故障が治ったことです。録り貯めてきた懐かしいカセットテープを10年以上ぶりに聴いています。夕暮れ時に、ジントニックを自分で作って、好みな音楽をアナログな音で聴いて、気がついたら景色が暗くなっている過ごし方が今の楽しみかもしれないです。

―もしbloomoiとコラボレーションをするとしたら?

東京建物という会社名の東京を離してみて「田舎暮らし」を考えたいですね。あんまり便利すぎず、清潔さもありながら、田舎の良さをふんだんに感じるような住まい。生きていることや自然にいることを楽しむためのもの。もうそれは住宅かどうかわからないけど、住宅的なもの、あるいは馬小屋や牛小屋のような。動物がふんだんにいるとしたら、人間が喜ぶだけのものよりも、豚や鶏、馬といった動物たちも喜ぶ建物。人間も動物の一部と考えて、そういうユートピアみたいな暮らしや住まいができたらいい。

葛西 薫
アートディレクター。1949年札幌市生まれ。1973年(株)サン・アド入社。主な仕事に、サントリーウーロン茶中国シリーズ、ユナイテッドアローズ、虎屋の広告制作およびアートディレクション、サントリーのCI、六本木商店街ネオンサインなどのほか、映画・演劇の宣伝制作、パッケージデザイン、装丁など活動は多岐にわたる。著書に「図録 葛西薫1968」(ADP)がある。

展示のポスター作品名:Icon for Arts & Science Aoyama

Posters
https://posters-ofs.jp/